はじめて買った海外のパソコン Commodore Amiga 1200

Commodore Amiga 1200

はじめて買った海外のパソコン、そして最後に新品で買ったホビーパソコン。
それがこのCommodore Amiga 1200です。
購入したのは1993年、まだまだ対戦格闘ゲームが熱かったあの時代です。

それは対戦格闘ブームからはじまった

90年代、世の中は『ストリートファイターⅡ』からはじまった対戦格闘ブームの真っ最中。

100円玉を湯水のように飲み込んでくれるゲームの登場に、ゲームセンターの経営者は、さぞウハウハ状態だったに違いありません。まれにリアルファイトに発展することもあったのでしょうが、外でヤってくれれば問題ありませんしね。

そんな状態なので、家庭用ゲーム機にも次々と対戦格闘ゲームが移植されますが、やはりハードの性能の違いで、「メガドラ版は音声がノイズ混じり」とか言った具合に、どこかしら劣化移植になってしまいました。(それでもかなりいい出来だったのですが)

ならば、アーケードと同じ性能の家庭用ゲーム機を作ればいいじゃん!
と、とち狂ってくれたのがSNK、100メガショック!ネオジオ!!の登場です。

SNK ネオジオ(実際には対戦格闘ブームより前に、存在はしてましたけど)

まんまと食いついた親友のKOG君、『餓狼伝説2』あたりからほぼすべての対戦格闘ゲームを買いまくり、その全てのゲームを1コインクリア出来るまでやりこむ徹底ぶりでした。
「彼がコントローラーに向かうとき、愛犬のチワワが恐怖に打ち震える・・・」
対CPU戦の時の彼は、まさに悪鬼羅刹と化してました。

対戦格闘ゲームということは対人戦もやるわけで、私も多少お相手をさせてもらってました。
お金がかからずに超必殺技の練習が出来たのは良かったですね。

そんな状態なので、次第に二人で対戦格闘ゲーム作りたいね!なんて願望が出てくるのでした。
ですが、この時期に対戦格闘ゲームを無理なく作れたパソコンは「SHARP X68000」だけでした。

SHARP X68000

「最強のモビルスーツは「ガンダム」、パソコンは「X68000」、だがその分値段も高い」
って遺伝子レベルで刻み込まれちゃってるんです。買えるわけがありません。
開発環境もそろえないといけませんし。
(この時期は中古の本体なら、手が届くくらいには安くなってたんでしょうけど・・・)

これなら格闘ゲーム作れそう・・・妄想は膨らむ

さて、そんな時この広告がベーマガにあらわれました。

形は私好みのキーボード一体型。シンプルでいかにも美しいデザインです。
それよりも私の心をつかんだのは、このパソコンのCPUがモトローラの68000系だったことです。
メガドライブやネオジオ、そして高値の花「X68000」のCPUにも使われたMC68000です。
そのMC68000の上位互換のMC68EC020を、このパソコンは搭載しているのです。

このころはまだ「CPUの性能が高い=パソコンの全体の性能が高い」と考えてしまう時代だったので、スペック的にはネオジオさえ超えていると、勝手に勘違いしてしまいました。
(いや勘違いじゃないかも・・・)
また、Amigaにはスプライト機能もあり、『ストリートファイターⅡ』も移植されていました。

Amiga版 Street Fighter II (見た目はいいんですが、操作性に難あり。)

HDDも搭載できるようで、フロッピーの読み込みの遅さに悩まされないで済みそうです。
しかも値段は99,800円、HDDを搭載しても「PC CLUB」を買ったときより安く上がりそうです。
「あれっ、これなら格闘ゲーム作れるんじゃね?」
そう妄想するのに、たいして時間はかかりませんでした。

Go! Go!! 秋葉原 & 早く来い来い Amiga 1200

走り出したら止まれません。ボーナスが入るとKOGくんと二人、さっそく秋葉原へ向かいます。
バッ活の地図を片手に、目指すはAmigaの輸入販売を行っているお店です。
ほんと、昔はいちいち出向かないといけなかったんですよね。

無事たどり着いたところで、早速交渉、120MBのHDD搭載モデルと「デラックスペイントⅣ」のセットを、15万円くらいで購入します。代金前払いで、海外から直接届くことになりました。
約一ヶ月後、ついにあのAmiga 1200が私の元にやってきました。

開発環境は整ってきたけど

Amiga 1200がやってきました。でもソフトは一緒に購入した「デラックスペイントⅣ」のみ。

DELUXE PAINT IV

ディスプレイにつなげるケーブルは、秋葉原に出向いたとき買ってあったのですぐに接続。
ディスプレイは事前に購入しておいた「PC-TV454」いろいろつなげる名ディスプレイです。
Amiga 1200にはデザイン的にも性能的にもベストと思えたので、購入しました。

しばらくお絵かきに励んでいましたが、さすがにお絵かきソフトだけではいけないと思い、ゲーム制作に必要になるであろうソフトを、通信販売にて購入していきました。

DELUXE MUSIC 2.0

AMOS Professional

SAS/C Ver6.5

ほんと、ゲームは買わないのに開発環境だけ買ってましたね。今でも残っていますけど。

メガデモの衝撃

バッ活でAMIGAの記事を連載をしていた細川博さんが発足し、34号で告知された「J.A.C」(Japan Amiga Club)へ即入会。二冊同時に送られてきた会誌と、PDSをフロッピーにコピーしてくれたサービスのおかげで、私のAMIGA環境が一気に広がりました。

会誌には色々な情報が載っていて為になりましたし、なによりPDS(Public Domain Software)の中の「メガデモ」で一気にAmigaの世界にはまりました。

その一方で、格闘ゲームを作るという本来の目的を忘れてしまいましたが・・・

その節は細川さんには大変お世話になりました。
私だけでも60枚以上頼んだのからメンバー全体にしたら1000枚ではきかなかったはずのコピー。
Amiga 2000 がPDSコピー機と化していたというのも分かります。
そのおかげで見事Amigaにはまり、今こんなブログを立ち上げています。

その後、自分でももっとソフトを色々探したいとAmiga 1200 にCD-ROMドライブをつけることを決意。AmigaのCD-ROMでPDSがたっぷり入ったのが、安く売ってましたしね。
いろいろ調べて、アクセラレータとSCSIユニット、SCSI接続のCD-ROMドライブを購入します。全部で約12万円の出費。これだけでもいかに Amiga 1200 にハマっていたかが分かります。

Amiga生活の隆盛と衰退

たまに秋葉原に行っては、Amiga関係の本やソフトを入手していたのですが、突然勤めていた会社から、埼玉県の熊谷工場への出向を命じられました。
今まで実家から出たことがなかったこともありかなり不安でしたが、いざ住み着いてみると秋葉原に近くなったこともあって、ほぼ毎週秋葉原へ通っていました。いやぁ、あの頃は楽しかった・・・

秋葉原で入手した「Art Department Professional」という画像フォーマット変換ソフトで、やはり秋葉原で入手したCD-ROMの中の綺麗なお姉さんの写真(すっぽんぽん)を変換してブラウン管に映し出したり、8ビットサンプラをつかって『ときめきメモリアル』のオープニング曲を取り込んでみたりしたっけ・・・

二年の出向生活も終わり、一年のほぼすべてが出張という部署に移籍になったこともあり、自然とAmigaをいじらなくなりました。あることをきっかけとした退職に続き、仙台へと移り住んだことで、Amiga 1200 は完全に封印されることになります。
1999年のことでした・・・(そして時代は対戦格闘ゲームから音楽ゲームへと移り変わり・・・)

復活のAmiga 1200

時は流れて2015年 (ちなみに実家に戻ってきて10年目)
まだ多少はAmigaに魅了されていた私は、エミュレータのWinUAEなんかを使ってメガデモを見たりしていましたが、せっかくあるのだしやはり実機をいじりたくなります。しかし、実機を動かそうにも、Amigaにつなげられるディスプレイがありません。

Amiga 1200 実機でメガデモを見るためには、PAL信号にも対応した水平同期周波数15Khzの入力を受け付けるRGBディスプレイが必要なのですが、現在主流の液晶ディスプレイは最低でも31Khzからしか信号を受け付けてくれません。

ただ、世の中にはアップスキャンコンバータという物があり、試しのつもりで「PTV-TVBOX」にAmiga 1200をつないで見たところ、なんとPAL信号の画面が映ってしまいました。この時の感動ったらなかったですね。これでまたAmiga 1200と生きることが出来ます。

PTV-TVBOX

魅惑のホワイトニング

せっかく復活したAmiga 1200 です。色々現代の技術でパワーアップしたくなります。
ハードディスクをコンパクトフラッシュに変え、アクセラレータのメモリを増設し、OSも3.1にバージョンアップ。RGB入出力できるスキャンダブラーも手に入れ、次に気になったのは古めかしく黄ばんだ外見でした。

ホワイトニングという方法でかなり綺麗になることは知っていたし、以前MSX2+でお世話になったはにはにさんが引き受けてくれることもあるので、長い時間をかけ何度も交渉しフルメンテナンス&全体のホワイトニングを引き受けていただくことが出来ました。

ホワイトニング前

ホワイトニング後

結果はご覧のとおり、やはり綺麗になるとテンション上がりますよね。
ただ、ホワイトニングは時間がたつと若干黄ばみが戻るそうで、夏場40度を超える私の部屋では、やはりボディは少し黄ばんでしまいましたね。

現在のAmiga 1200

Amiga 1200 は初めて買ったAmigaなので一番思い入れがあるんですよね。


当時購入した本体は最近まで動いていたのですが、前々からFDDに問題を抱えていて、さらに音声にもノイズがのるようになってしまったので、いざという時の部品取り機として封印しました。


現在のメイン機はパーツ単位で取り寄せ、再構成したレストア機です。ケースとキーボードは工場に埋もれていた「新古品」を使っていたので、とてもきれいに仕上がりました。
なお、2号機以降のAmigaは、主にイギリスからパーツを取り寄せたPAL仕様機となっているため、そのままでも「メガデモ」は動かせます。

3号機の調整もあるし、Amiga 1200 はまだまだ私を魅了してくれそうです。