はじめて買ってもらったTVゲーム カセットビジョンJr.

エポック社 カセットビジョンJr.

私がはじめて買ってもらったTVゲームが「カセットビジョンJr.」になります。
ちまたではファミコンと間違えて買ってこられたこともあったようですが、当時の私は間違いなくこれが欲しかったのです。

エポック社のTVゲーム カセットビジョン

まだファミコンが発売される前、TVゲームの王者はエポック社のカセットビジョンでした。

それまでの日本のTVゲームといえば「ポンテニス」「ブロック崩し」「インベーダーゲーム」しかないうえ、それぞれ専用のハードで動いていました。
海外ではすでに「カセット交換式」のTVゲームが発売されていたのですが、日本で輸入されたものは関税の関係で、とても高価なものになってしまっていました。(安くて5万円くらい)

そこに、比較的安い値段(13,500円)でカセット交換式のTVゲームが登場したのです。また、CMには当時人気のイモ欽トリオが出演していましたので、人気が出ますよね。


いつもいた従兄弟の家にもあったので、たまに遊ばせてもらっていました。
モーゼル型の光線銃も持ってましたね。

当時はゲーム専用のテレビなんてどこの家庭にもないわけで、みたい番組の合間をぬってのプレイだったので、なかなか上達出来ませんでしたね。

まだまだ娯楽の王者がTV番組だった時代の話です。

カセットビジョンJr.の登場

さて、そこで登場したのが「カセットビジョンJr.(ジュニア)」です。

パッケージにも書いてあるとおり、本体価格5,000円
消費税なんてなかった頃の話なので、ソフト一本(4,980円)つけても1万円を切る値段


ちょうど自転車を買わなければいけなかったころ、自転車を従兄弟のお下がりで我慢できるなら買ってやると言われ、喜んで了承したものでした。

選んだ最初のソフトは『アストロ・コマンド』コナミのスクランブルみたいなゲームです。
『きこりの与作』『ギャラクシアン』『モンスターマンション』は従兄弟の家にあったので、まだ持ってなかった最新作を選びました。

次に買ってもらったのが『パクパクモンスター』です。
これなんかはキーの配列の関係で、ジュニアの方が遊びやすかったですね。

早朝5:30とかに起きてとか、親や妹がいないすきとか、ほとんどゲリラ的に遊んでましたね。

まだまだ一般家庭にテレビが一台しかない時代の話です。

ファミコン登場の直後の発売だから失敗した?

さて、よく言われる「ファミコン登場の直後の発売だから失敗した」という通説はちょっと違いますね。事実、自分はこれが欲しかったし、ファミコンも良くある新ハードの一つとしか思ってなかったです。少なくとも、私のまわりではすぐに「ファミコン」を買ってもらえた人はいませんでしたね。

けっこう甘やかされていた、親友のKOG君ですら、まだ買ってはもらえなかったはずです。
同じ1983年発売のバンダイの「アルカディア」で一緒に遊んだ記憶がありますし、またすぐにゲーム機を買ってもらうことは、さすがに無理だったと思います。実際、彼のファミコンのコントローラーのボタンは初期型の四角いゴムではなかったです。

SEGAの「SG-1000」「SC-3000」もファミコンに負けたハードとしてよく「双子の死産」とか言われてしまいますが、そもそも想定していたライバルハードは「カセットビジョン」だったはずです。事実、一番売れていたわけですし、これになら確実に勝てましたね。

ファミコンに人気がでてきたのは、ナムコットのゼビウスあたりからです。
さすがにその時期になると、カセットビジョンでは時代遅れすぎます。
エポック社も後継機「スーパーカセットビジョン」を出しましたが、もはやファミコンに敵無し状態でした。

私もすでにSC-3000Hを持っていたので、さすがにカセットビジョンでは遊ばなくなっています。
「従兄弟がファミコン買って、カセットビジョンのソフトいらなくなったらもらえるかも!」
なんて淡い期待を抱いたこともありましたが、実際にその時が来たら、もう自分もいらなくなってたんですよね。結局、ソフトも2本しか買えなかったし、ただのゲーム機は貧乏人には優しくなかったです。
「これからはプログラムを入力すれば、いくらでもゲームを増やせるパソコンの時代だぜ!」
と貧乏な中学生は思ったものです。実際、プログラムが動くのは楽しかったし・・・

そして現在・・・

月日は流れ・・・急にカセットビジョンで遊びたくなり・・・
ヤフオクでもう一度カセットビジョンJr.を入手。ソフトも買いそろえていきました。
そして、ついにあの頃見た夢「箱の裏にのってるソフト、全部欲しい!」を叶えました。

さぁ、今度こそなんの気兼ねもなくあきるまで遊ぶぞ!
一日であきそうですけど・・・