はじめてバイトして買ったパソコン SHARP X1G

SHARP X1G model 30

はじめてバイトして買ったパソコンが、SHARP X1G model 30(CZ-822C)です。
この機種で念願のRGBモニターを手に入れることが出来ました。
FM音源ボードも搭載して、かなり使い込みましたね。

はじめて妥協して買ったパソコン

購入した理由は、従兄弟のY兄弟がX1 TurboⅡを持っていたからでしょうね。
本来はデザイン的にX1Fが欲しかったんですよね。こっちのが断然格好いいですし。

X1 TurboII

X1F model20

しかし、FDDが1ドライブ、増設できるとはいえ高く付きすぎます。
販売店の雑誌広告でも最新のX1Gしか取り扱ってない所ばかりですし、ここは妥協するしかありません。とりあえず、本体のみを夏休みのバイト代で購入しました。
ある意味「はじめて妥協して買ったパソコン」なのかもしれませんね。結果的に妥協しておいてよかったのですが、やはり今でもデザインは好きになれません。

RGB至上主義のはじまり

家庭用テレビにRF出力でつないで、長年パソコンを使っていたツケは、視力の低下という分かりやすい形でやってきました。中学時代は裸眼で1.5あった視力が、高校時代には0.5まで落ちていたのですから、黒板の文字が見えにくい訳ですよね。以来私は眼鏡愛用者です。

そうなると、断然RGBディスプレイが欲しくなります。
プログラムリストを打つ際に、画面上の文字がはっきり読めなければ、さらに悪化することでしょう。幸い専用ディスプレイテレビも安くなっていたので、冬休みフルににバイトをすることで買うことが出来ました。

RGB出力はいいですね。
RF出力の時には、にじんでしまって読めなかった赤い文字がちゃんと読めるのですから。
ちなみに、RF出力の時はコンバーターの出力を、カラーから白黒に変えて読んでいました。

以来、家庭用ゲーム機でもRGB出力でつなげるものは、大抵RGB出力でつなぐようになってしまいました。「PCエンジン DUO」など本体を改造してまで、RGB出力でつないだほどです。
まさにRGB至上主義者の誕生ですね。この現象は近年まで続いていました。

ゲームミュージックにはまり、FM音源ボード購入

あの時代、パソコンをいじっていた人なら、一度ははまったであろうこと。
それはゲームミュージックを、自分のパソコンで奏でることでした。

ゲームミュージックのレコードやカセットテープが売られていた時代です。
雑誌の付録にゲームミュージックのソノシートがついていた時代です。
ちょうどレコードからCDへとメディアが切り替わろうとしていた時期です。
私がはじめて買ったCDもゲームミュージックでした。

またベーマガではYK-2のペンネームで古代祐三さんがPC-8801mkⅡSRに搭載されたFM音源「YM2203」を使って数々のゲームミュージックを奏でていました。
PSGしかないX1ユーザーだった私は、FM音源搭載機のユーザーが非常にうらやましかったです。
あるとき、KOG君の「PC-8801FH」と「X1G」を一週間ほど交換していたことがあったのですが、まずやったことは、MSXのグラディウス2の1面のBGMを奏でるプログラムを入力することでした。

そんな時、FM音源ボードが発売されました。しかもX68000と同じ「YM2151」です。
『アウトラン』や『ドラゴンスピリット』のFM音源です。すごいうれしかったですね!

しかも、GORRYさんが「FM音源ドライバー」「NEW-FM音源ドライバー」でベーマガライターへの仲間入りを果たすと、X1でもX68000と同じ音楽を奏でらせるようになりました。
NEW-FM音源ドライバーのMML(ミュージック・マクロ・ランゲージ)は、X68000とほとんど同じに作られていたのですから、当然といえば当然です。ADPCMさえ使われなければですが。

そしてやってきた春休み。お決まりのパターンで即バイト。
FM音源ボードをゲット、ついにX1Gの基本システムが完成されるのでした。

ここからはじまるX1G生活

1年がかりで基本システムをそろえたX1Gなので、かなりで使い込みました。
特に、NEW-FM音源ドライバーでX68000のミュージックプログラムを移植しまくってましたね。
ある時、このデータフロッピーを他校の従兄弟にコピーして渡したら、巡り巡って自分の所にやってきたくらいです。一曲ごとにタイトル画面をつけといたので、すぐに分かりました。
ほんと、高校時代「X1G」はいい相棒でしたね。

X1Gのゲーム事情

ソフトの主力メディアがフロッピーディスクに変わるとともに、コピー技術も広まっていました。
バックアップ活用テクニックなんかでも、コピーツールが掲載されていましたから、当然なんですが、それを使って市販品をコピーして売る人たちもいたようですね。

私も従兄弟にコピーしてもらったり、そういったソフトを入手してもらったりしてましたね。
普通にディスクコピーできてしまっていたので、悪いことをしていたとは思っていませんでした。
ゲームでもFDDを2つ使うのが当たり前になっていたので、最初にX1Gを選んで正解でした。

『グラディウス』『ゼビウス』『スペースハリアー』『巡航追撃機ブラスティー』あたりのコピーソフトを持っていました。
そうそうコピーできるソフトもなかったので、当然入手本数も少ないです。

グラディウス

ゼビウス

スペースハリアー

巡航追撃機ブラスティー

同人ソフトも安かったのでいくつか入手しましたね。
『DIALIDE』がいろんな意味で思い出深いソフトです。

DIALIDE

では市販品でちゃんと購入したソフトはというと、『ハイドライド3』が筆頭に上げられます。

ハイドライド3

ですが購入には血の涙をながした物語があるのです・・・

あの日、出会えなかったリリアちゃん


リリアちゃんといえば、『イースⅡ』のヒロインです。
フィーナ?最後にちょっと出てくる人はヒロインとは認めません。
ベーマガの広告で一目ぼれをした私、イースⅡを入手するために、当時パソコンソフトも売っていた宇都宮の東武デパートへ、電車で50分そこからさらに歩いて30分の道のりを、ただひたすら行くのでした。

ようやくたどり着いたデパート。幸いイースⅡは売っています。
「イースⅡ、ゲットだぜい!」
と早速購入。意気揚々と帰ろうとするのですが、ふと見えた文章に石化してしまいました。

このソフトはX1 turbo 専用ソフトです。

心の中で、血の涙を流して泣いていました。
なぜ、ザナドゥの時はテープ版も出してくれたファルコムが、X1ユーザーを見捨てるのだ!
もうノーマルのX1じゃだめだというのか?

しばらく放心した後デパートに戻り、事情を話してソフトを交換してもらいました。
それが『ハイドライド3』です。
FM音源対応だったし、そうとう楽しめたので結果オーライでした。

ただ、以来X1にも不信感が芽生えてしまいました。「もうだめなのか・・・」と。
実際『ソーサリアン』『アルファ』など、やってみたいソフトに限って「X1 turbo専用」になってしまいました。

ソフトベンダーTAKERU

「ソフトベンダーTAKERU」なるソフトの自動販売機も、一度だけ使ったことがあります。
『マクロス カウントダウン』というソフトを買ったのですが、やはりキャラゲーはパッケージがないといまいちでした。
ゲーム内容もいまいちだったのが、その後タケルを使わなくなった理由でもありますね。

マクロス カウントダウン

X1の終焉

高校卒業後、宇都宮の専門学校に通うようになった私。
東武デパートにはちょくちょく行くようになるのですが、X1のソフトが投売りされているのを見たとき、「ああ、X1ももう終わりなんだな・・・」と感じてしまいました。
学校で16ビットのPC-9801なんかを使っていると、ろくにワープロも出来ない8ビット機の限界は感じていたのですが、いよいよ来るべき時が来た気分でした。
一応安かったのでいくつか買って帰ったのですが、そうやりこむこともなかったです。

EPSONのPC-9801互換機「PC-286C PC CLUB」の購入とともに、主力機の座を追われ、そのうちゲーム機が増えてくると、押入れの奥へと追いやられ、最後は、家電リサイクル法だかでパソコンの処分にお金がかかる前に、業者にあげてしまいました。

スクラップにされてなければいいなぁ・・・しかし、なんで処分したかな・・・昔の自分を問い詰めたい気分です。